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後藤輝樹氏が2026年6月28日に死去妻がXで公表・最期の投稿や経歴まとめ


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政治活動家でYouTuberの後藤輝樹氏が、2026年6月28日に43歳で亡くなったことが、妻の管理するXアカウント「後藤輝樹の子育て」から6月29日朝に公表されました。

数多くの選挙に立候補し、型破りな政見放送で全国的に知られた後藤氏。
その突然の訃報に、SNS上では驚きと追悼の声が広がっています。

この記事では、妻による訃報投稿の内容、1週間前の”最期の投稿”の詳細、後藤輝樹氏の経歴やプロフィール、そしてSNS上の反応までをまとめてお伝えします。


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目次

後藤輝樹氏が2026年6月28日に死去|妻がXで公表した内容とは

妻アカウント「後藤輝樹の子育て」による訃報投稿の全文

2026年6月29日午前7時19分頃、後藤輝樹氏の妻が管理するXアカウント「後藤輝樹の子育て(@gototeruki_369)」から、以下の訃報が投稿されました。

全文を引用します。

【ご報告】

後藤輝樹の妻です。

昨日、2026年6月28日、
後藤輝樹が永眠いたしました。

生前は選挙への立候補をはじめ、自身の信念のもと、さまざまな活動を続けてまいりました。

これまで応援し、支えてくださった皆様、関わってくださったすべての皆様に、心より感謝申し上げます。

現在、家族一同深い悲しみの中におります。
どうか故人を静かに見送っていただけますと幸いです。

ユーチュラの報道によれば、この投稿は発表から数時間で300万回以上の閲覧を記録し、1万件を超える「いいね」と2000件以上のリポストが寄せられたとのことです。

後藤氏は近年、妻とお子さんとの家庭生活も大切にしている様子をSNSで発信しており、「後藤輝樹の子育て」アカウントは家族の日常をつづる場として運営されていました。


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死因や詳細は非公表|家族が静かな見送りを呼びかけ

現時点で、後藤輝樹氏の死因や病状、亡くなった場所などの詳細は家族側から一切公表されていません。

訃報の投稿でも「どうか故人を静かに見送っていただけますと幸いです」と書かれており、ご家族の意向を尊重する形で、多くのファンや支持者が静かに追悼の意を示しています。

なお、後藤氏は6月21日のX投稿で「一応、手術で6月23日〜26日まで入院します」という内容を投稿していたことが確認されています。
手術の具体的な内容や病名については明らかにされていませんが、入院を予定していたこと自体は本人が公にしていました。

死因との因果関係は現在公式には発表されていませんので、ここでの憶測は控えます。


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1週間前の”最期の投稿”が意味深すぎると話題に

6月21日「ツイッターはこれで最期にします」全文と背景

死去発表のちょうど1週間前にあたる2026年6月21日午前5時1分頃、後藤輝樹氏本人のXアカウント(@gototeruki)から、以下の投稿がなされていました。

ツイッターはこれで最期にします。今まで有り難う御座いました。感謝です。本当に申し訳御座いません。そういう事です。お前ら愛してるぜ。

短い文章ですが、長年の活動への感謝と謝罪、そしてフォロワーへの愛情が凝縮されたメッセージです。

投稿当時も「どういう意味だろう」「体調が悪いのでは」と数百件の反応が寄せられていたようですが、死去が公表されたことで「あの投稿は最期の別れの言葉だったのではないか」と再び注目が集まっています。

同日にはほかにも、人生観や離婚に関する持論など複数の長文投稿があったことが確認されており、自身の人生を振り返るような内容だったとも報じられています。

6月24日にはブログで遺言書を公開していた

ユーチュラの報道によれば、6月24日には後藤輝樹氏の公式ウェブサイトのブログ上で「遺言書」が公開されていたとのことです。

遺言書の具体的な内容については、現時点でわたしが全文を確認できていないため詳細の記載は控えますが、入院を控えたタイミングで公開されていたことから、ご本人がある程度の覚悟を持っていた可能性がうかがえます。

なお、YouTubeチャンネルでは6月23日に公開された「③タロット占い。潜在意識は?カルマは?今すべき事は?守護靈様のメッセージは?」と題した動画が最後の投稿となっています。

Xでの最期のメッセージ、ブログでの遺言書公開、そしてYouTube最終動画──
いずれも6月21日〜24日の数日間に集中しており、ご本人なりの「締めくくり」だったのかもしれません。

X (formerly Twitter)
後藤輝樹 (@gototeruki) on X ツイッターはこれで最期にします。今まで有り難う御座いました。感謝です。本当に申し訳御座いません。そういう事です。お前ら愛してるぜ。
最期のツイート


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後藤輝樹とは何者だったのか 経歴・プロフィールまとめ

1982年生まれ元自衛官から政治活動家へ 異色の経歴

後藤輝樹(ごとう てるき)氏は、1982年(昭和57年)12月8日、東京都国立市に生まれ、神奈川県横浜市で育ちました。

神奈川県立清水ヶ丘高等学校を卒業後、徴兵制賛成という自身の信念から陸上自衛隊に約1年弱所属した経験を持っています。

その後、政治活動家としての道を歩み始め、YouTuberや音楽家としても精力的に活動を展開しました。
YouTubeチャンネル「後藤輝樹」は登録者数約12万人、総再生回数4000万回を超える人気チャンネルに成長しています。

本人は「右でも左でもなく両翼」「愛国左翼」と自称し、愛国心と福祉政策を融合させた独自のスタンスで発信を続けていました。
「日本を世界一強く、世界一優しく、世界一面白く、世界一幸せな国にしたい」──
これが後藤氏が常に掲げていた目標です。

選挙出馬14回以上・供託金没収額1380万円の覚悟

後藤輝樹氏の選挙出馬歴は、常識の枠を超えたものでした。

初出馬は2011年の神奈川県議会議員選挙(横浜市南区)。
以降、目黒区長選、港区長選、千代田区長選、東京都議選、千葉県知事選、参議院議員通常選挙(東京都選挙区)、茅野市議選、秦野市議選、湯河原町議選、そして東京都知事選にも3回(2016年・2020年・2024年)立候補しています。

2022年の参議院選挙の時点で、出馬回数は14回、没収された供託金の合計は1380万円に達していたと本人が語っています。

これだけの金額を費やしながらも信念を貫き続けた姿勢は、支持・不支持を問わず多くの人に強い印象を残しました。
2022年の参院選落選後に国政選挙からの引退を表明しましたが、地方選挙や2024年の都知事選には意欲的に挑戦し続けていました。


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政見放送の過激パフォーマンスで全国的に話題に

後藤輝樹氏の名前を全国に知らしめたのは、なんといっても政見放送でのパフォーマンスです。

2016年の東京都知事選では、型破りな演説内容が話題となり、Yahoo! JAPANの検索では全候補者中4位にランクイン。
得票数では13位ながら、ネット上での注目度は上位候補に匹敵するものでした。

2020年の都知事選では、TOKYO MXの政見放送で性的表現を含む内容の一部音声が公職選挙法第150条の2の規定に基づき無音化されるという異例の事態に。
「コードギアス」風コスプレポスターも含め、SNSで爆発的に拡散されました。

賛否両論はありましたが、「政治に興味がなかった若者が選挙に注目するきっかけになった」という声は少なくありません。
派手なパフォーマンスの裏で、実際の街頭演説はほとんど行わないスタイルだったというのも、後藤氏らしいギャップですよね。

子育てイベント参加時の帽子・マスク姿が気になっていた声も

後藤輝樹氏は近年、妻とお子さんとの家庭生活をSNSで発信しており、「後藤輝樹の子育て」アカウントを通じて子育てイベントなどに参加している様子も報告されていました。

一部のファンからは、イベント参加時に帽子やマスクを着用している写真について「以前の雰囲気と違う」「体調面が心配」という声が上がっていたようです。

ただし、これはあくまでSNS上の一部の声であり、体調との関連性については公式には何も発表されていません。
プライバシーに配慮しながらも、「振り返ってみれば気になる点はあった」と感じているファンがいたということだけお伝えしておきます。


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SNSの反応「信じられない」「嘘であってほしい」驚きと追悼の声

追悼と感謝のコメントが殺到|「政治に目を向けるきっかけだった」

訃報が公表された直後から、X上には驚きと悲しみの声が殺到しました。
主な反応をまとめると、以下のような投稿が多く見られます。

「信じられない…まだ43歳なのに」
「政見放送で何度も元気をもらった。ありがとうございました」
「政治に全く興味がなかった自分が目を向けるきっかけを作ってくれた人」
「信念を貫いた人生に敬意を表します」
「”お前ら愛してるぜ”──こちらこそ愛してるよと言いたい」

こうした追悼の声からは、後藤氏が単なる「話題の候補者」ではなく、多くの人にとって政治との接点を作ってくれた存在だったことが伝わってきます。

特に若い世代からは「初めて選挙に興味を持ったのは後藤さんの政見放送がきっかけだった」という感謝の声が目立ちました。

真偽を疑う声も一定数|過去の言動から慎重な見方をするユーザーも

一方で、「本当なのか?」「またパフォーマンスでは?」と真偽を疑う声も一定数ありました。

これは後藤氏が生前、過激な発言やユーモアを交えた情報発信をしていたことから、「今回も何かの仕掛けではないか」と慎重に受け止めるファンがいたためです。

ただし、投稿元が妻のアカウントであること、Wikipediaの情報も更新されたこと、複数のニュースメディア(ユーチュラ、coki等)が報じていることから、現時点では訃報は事実として受け止められています。

「信じたくない気持ちはわかるけれど、ご家族の発表を尊重しよう」という呼びかけも広がっており、多くのユーザーが冷静な対応を取っている印象です。


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まとめ|信念を貫いた43年の生涯と残された家族への思い

後藤輝樹氏は2026年6月28日、43歳でその生涯を閉じました。

14回以上の選挙に立候補し、1380万円以上の供託金を費やしながらも、自らの信念を決して曲げなかった人物です。

過激な政見放送で注目を集める一方で、「日本を世界一幸せな国にしたい」という想いを一貫して発信し続けていました。

最期のXへの投稿は「お前ら愛してるぜ」。
この言葉に、後藤氏の人柄が凝縮されているように感じます。

残されたご家族──特に奥様とお子さんの今後を思うと、胸が締め付けられる思いです。
ご家族の「静かに見送ってほしい」という願いを尊重しながら、わたしたちは後藤輝樹という人物が残したものを、それぞれの形で受け止めていきたいですね。

心よりご冥福をお祈りいたします。

※この記事は2026年6月時点で確認できた公式SNS・信頼できるニュースサイトの情報をもとに作成しています。情報の正確性については各公式ソースもあわせてご確認ください。

この記事を書いた人

はじめまして
管理人のラッコと申します
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