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〝りくりゅう〟の木原龍一さんは、フィギュアスケート・ペアの選手として、2026年2月のミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得しました!
現在のパートナー・三浦璃来さんとの「りくりゅう」ペアでの快挙ですが、ここまでの道のりには、2人の元パートナーとの挑戦と挫折の歴史がありました。SNSでは「木原選手って過去に誰とペアを組んでいたの?」「高橋成美さんや須崎海羽さんとのペアはどうなったの?」という声が多く見られます。
この記事では、木原龍一さんの歴代パートナー3人について、時系列で詳しくまとめました。それぞれのペアでの実績や解散理由、そして現在のパートナー・三浦璃来さんとの奇跡的な出会いまで、しっかり追いかけていきます!気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
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木原龍一の歴代ペアは全部で3人!時系列で一覧をチェック
木原龍一さんがこれまで組んできた歴代パートナーは、全部で3人です。シングルから転向した2013年から現在まで、約13年にわたるペア競技人生を振り返ってみましょう。
まず、時系列でわかりやすく整理するとこんな感じです!
【木原龍一の歴代パートナー一覧】
| 期間 | パートナー名 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 2013年〜2015年 | 高橋成美 | 2014年ソチ五輪出場(18位) |
| 2015年〜2019年 | 須崎海羽 | 2018年平昌五輪出場(21位) |
| 2019年〜現在 | 三浦璃来 | 2026年ミラノ五輪金メダル、世界選手権2度優勝、グランドスラム達成 |
木原さんは2013年1月、男子シングルからペアに転向しました。当時20歳で、シングル選手としてのキャリアに限界を感じていた時期だったそうです。そこから高橋成美さん、須崎海羽さん、三浦璃来さんという3人のパートナーと組み、それぞれ異なる経験を積んできたんですね。
特に注目したいのは、どのペアも必ず五輪出場を果たしているという点です。高橋さんとはソチ五輪、須崎さんとは平昌五輪、三浦さんとは北京五輪とミラノ五輪に出場。これって本当にすごいことですよね!
また、木原さん自身が「ペアに向いていないんじゃないか」と悩んだ時期もありましたが、諦めずに続けてきたからこそ、2026年のミラノ五輪で念願の金メダルを獲得できたんです。この遍歴を見ると、努力と継続の大切さがよくわかります。
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1人目のパートナー:高橋成美との挑戦(2013-2015年)

木原龍一さんの最初のパートナーは、高橋成美さんでした。2人がペアを結成したのは2013年1月のこと。実はこのペア結成には、ちょっとしたドラマがあったんです!
高橋さんは当時、前のパートナーとの解消を経て、新しい相手を探していました。そんなとき、シングルで戦っていた木原さんが「今シーズン限りで引退する」という話を耳にしたそうです。高橋さんは木原さんの滑りを見て、「この人となら」と直感し、ペアを組むことを打診しました。
木原さん側も、シングルでの限界を感じていた時期でした。トリプルアクセルがなかなか跳べず、シングル選手として伸び悩んでいたんですね。そこに高橋さんからの誘いがあり、「ペアに挑戦してみよう」と決意したそうです。
こうして結成された高橋・木原ペアは、2014年ソチ五輪出場という大きな目標に向かって突き進みました。結成からわずか1年での五輪出場ですから、相当な努力があったことが想像できますね。
ソチ五輪出場という快挙!どんな実績だった?
高橋成美さん・木原龍一さんペアの最大の実績は、やはり2014年ソチ五輪出場でしょう!
ソチ五輪では、個人戦と団体戦の両方に出場しました。団体戦では日本チームの一員として戦い、チーム5位入賞に貢献。個人戦では18位という結果でした。
実は、ペア結成から五輪出場までの期間がとても短かったため、2人の息がぴったり合うところまで到達するのは大変だったようです。それでも、1998年の長野五輪以来、16年ぶりに日本人ペアが五輪に出場できたこと自体が快挙だったんですよ!
また、2013年には初の国際大会となるネーベルホルン杯に出場し、ソチ五輪の出場権を獲得。2013年のGPシリーズ・NHK杯では8位でしたが、地元開催ということもあり、貴重な経験になったはずです。
ソチ五輪後の2014-2015シーズンには、2015年の四大陸選手権で7位に入るなど、少しずつ経験を積み重ねていきました。ただ、世界選手権ではなかなか結果が出ず、2人にとっては厳しいシーズンでもありました。
ペア解散の理由は?世界選手権最下位からの決断
高橋成美さん・木原龍一さんペアが解散を発表したのは、2015年4月のことでした。そのきっかけとなったのが、2015年世界選手権での最下位という結果です。
2015年の世界選手権(上海開催)のショートプログラムで、2人は44.54点で19位、つまり最下位に終わりました。16位までがフリーに進出できるルールだったため、2人はフリーに進むことができず、そのまま大会を終えることになったんです。
この結果を受けて、2人は話し合いを重ねたそうです。高橋さんは当時23歳、木原さんは22歳。競技人生において大切な時期に、このまま続けていいのかという疑問が生まれたのかもしれません。
解散の理由について、2人は「不仲が原因ではない」と明言しています。むしろ、お互いのキャリアを考えた上での前向きな決断だったようです。高橋さんは新しいパートナーを探す道を、木原さんも同様に次のステップを模索することになりました。
ペア結成からソチ五輪出場まで約1年、そこから解散まで約1年。合計2年という短い期間でしたが、2人にとっては濃密な時間だったに違いありません。特に木原さんにとっては、「ペアってこういうものなんだ」と学ぶ貴重な経験になったはずです。
元パートナー・高橋成美が木原の金メダルに大号泣したエピソード

2026年2月のミラノ・コルティナ五輪で、木原龍一さんが三浦璃来さんとのペアで金メダルを獲得したとき、感動的なシーンがありました。テレビ中継で解説を務めていた高橋成美さんが、感極まって号泣したんです!
高橋さんは「すごい、すごい、すごい、すごい」「こんな演技、宇宙一ですよ」と絶賛し、金メダルが決まると涙が止まらない様子でした。「金メダルを取るなんてこんなうれしい瞬間、ない」と言葉を詰まらせながら語る姿に、視聴者ももらい泣きしたそうです。
演技後、高橋さんがインタビュアーとして木原さんに話を聞く場面がありました。そこで木原さんは、「ペアに誘ってくれてありがとう」「なるちゃんがいたから」と涙ながらに感謝を口にしたんです。
高橋さんも「一緒にペアを滑ってくれてありがとう」と返し、2人で涙を流す姿が印象的でした。三浦さんも「かわいかったね」と微笑ましく見守っていたそうです。
このエピソードを聞くと、2人の解散は決して不仲が原因ではなく、お互いを尊重し合った上での決断だったことがよくわかりますよね。高橋さんがこれほどまでに喜んでくれたのは、木原さんがペアを諦めずに続けてきたことを誰よりも理解しているからだと思います。
人と人との縁って不思議ですよね。高橋さんが木原さんをペアに誘わなければ、今のりくりゅうペアも存在しなかったかもしれません。そう考えると、この2人の2年間は、木原さんにとって人生を変える大切な時間だったんだなと感じます。
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2人目のパートナー:須崎海羽との模索期(2015-2019年)

高橋成美さんとの解散後、木原龍一さんの2人目のパートナーとなったのが須崎海羽(すざき・みう)さんでした。2人がペアを結成したのは2015年のこと。須崎さんは当時15歳、木原さんは23歳という年齢差のあるペアでしたが、約4年間にわたって一緒に戦い続けました。
須崎さんは中京大学の後輩で、もともと女子シングルの選手でした。ペアに転向してからは、木原さんの経験を頼りに技術を磨いていったそうです。一方、木原さんにとっても、高橋さんとのペアで学んだことを活かす良い機会になったはずです。
2015-2016シーズンから本格的に国際大会に参戦し、少しずつ実績を積み重ねていきました。ただ、この時期の木原さんは「ペアに向いていないんじゃないか」と悩むことが多かったようです。世界選手権では3度ともショートプログラムでフリーに進出できず、厳しい結果が続きました。
それでも2人は諦めず、2018年平昌五輪出場という大きな目標を達成します。木原さんにとっては2度目の五輪、須崎さんにとっては初めての五輪でした。
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平昌五輪にも出場!須崎海羽とのペアの実績は?
須崎海羽さん・木原龍一さんペアの最大の実績は、やはり2018年平昌五輪出場です!
平昌五輪では、団体戦と個人戦の両方に出場しました。団体戦のペア・フリーでは5組中5位という結果でしたが、日本チームの一員として戦う貴重な経験を積みました。個人戦では、ショートプログラムで21位に終わり、フリー進出はなりませんでした。
平昌五輪以外にも、2人はいくつかの国際大会に出場しています。主な実績をまとめるとこんな感じです:
・2016年:アジアフィギュア杯 優勝 ・2017年:ネーベルホルン杯 4位 ・2018年:平昌五輪 個人21位、団体戦出場
五輪出場という目標は達成できたものの、世界のトップレベルとの差を感じる結果が続いていました。特に世界選手権では、2016年、2017年、2018年の3年連続でショートプログラムでフリーに進めず、木原さんにとっては「またか…」という苦しい思いがあったはずです。
それでも、須崎さんとの4年間は、木原さんにとってペア競技の基礎をしっかり固める大切な時期だったと言えます。この経験があったからこそ、次のパートナー・三浦璃来さんとの相性の良さに気づけたのかもしれませんね。
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解散理由や背景は?木原が引退を考えた時期
須崎海羽さん・木原龍一さんペアが解散を発表したのは、2019年4月8日のことでした。平昌五輪から約1年後のことです。
解散の理由について、2人は詳しくは語っていませんが、木原さんのコメントからは「今後は肩の治療を第一に考え、一日も早くペアスケーターとして氷上に戻れるよう過ごしていきたい」とありました。実は木原さん、平昌五輪の頃から肩の故障に悩まされていたんです。
ペアという競技は、男性が女性を持ち上げたり投げたりする技が多く、肩や腰への負担がとても大きいんですよね。木原さんは長年の疲労が蓄積していたようで、一度しっかり治療に専念する必要があったのかもしれません。
また、木原さんは解散後のインタビューで、「ペアに向いていないんじゃないか」「引退しようかと考えていた」と正直に語っています。ソチ五輪でも平昌五輪でも、満足のいく結果が出せなかった。世界選手権では最下位ばかり。こうした経験が積み重なって、自信を失っていた時期だったそうです。
解散後、木原さんは名古屋市の邦和スポーツランド(現・邦和みなと スポーツ&カルチャー)で働き始めました。「シングルで1シーズン出場して引退しようか」と考えるほど、競技への情熱が薄れていたんですね。
こうした背景を知ると、次の三浦璃来さんとの出会いが、いかに奇跡的だったかがわかります。諦めかけていた木原さんに、もう一度チャンスが訪れたんです。
須崎海羽ってどんな人?プロフィールと現在

須崎海羽さんは、1999年12月15日生まれ、愛知県出身のフィギュアスケート選手です。現在25歳(2026年2月時点)ですね。
もともと女子シングルの選手としてキャリアをスタートしましたが、2015年にペアに転向し、木原龍一さんと組みました。身長は約152cmで、小柄ながらもパワフルな演技が魅力でした。
木原さんとの解散後、須崎さんは新しいパートナーを探し、競技を続ける意向を示していました。ただ、その後の詳しい活動状況については公開情報が少なく、現在も競技を続けているかどうかは不明です。
須崎さんと木原さんのペアは、約4年間という比較的長い期間、一緒に戦ってきました。
木原さんがミラノ五輪で金メダルを獲得したとき、須崎さんがどんな思いで見ていたのか、気になりますよね。かつて一緒に夢を追いかけた仲間として、きっと心から喜んでくれていたんじゃないかなと思います。
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3人目のパートナー:三浦璃来との黄金期(2019年-現在)

そして木原龍一さんの3人目のパートナーが、現在も一緒に戦っている三浦璃来さんです!2019年8月にペア結成を発表し、「りくりゅう」という愛称で親しまれるようになりました。
このペアの結成は、まさに奇跡的な出会いでした。引退を考えていた木原さんと、新しいパートナーを探していた三浦さん。2人が出会ったのは2019年7月末、名古屋市内のアイスリンクでした。
そこから約7年、2人は数々の快挙を成し遂げてきました。2022年北京五輪での7位入賞、2022-2023シーズンの年間グランドスラム達成、そして2026年ミラノ五輪での金メダル獲得。まさに日本フィギュアスケート史に残る黄金期を築いているんです!
年齢差は9歳ありますが、2人の息はぴったり。お互いを信頼し、尊重し合う姿が、多くのファンの心を掴んでいます。
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「りくりゅう」誕生の奇跡!出会いのきっかけは?
2019年7月、三浦さんは前のパートナーとペアを解消し、新しい相手を探していました。
そんなとき、三浦さんから「トライアウトをしてみませんか?」という連絡が来たんです。2人はそれまで試合で数回会う程度で、直接話したことはほとんどなかったそうです。
トライアウトの日、2人が初めて一緒に滑ったとき、衝撃的なことが起こりました。
木原さんはこう語っています:
「最初に滑った瞬間から、『絶対にうまくいく』と確信しました」
特にツイストリフト(男性が女性を頭上に投げ上げて受け止める技)をしたとき、タイミングが完璧に合ったそうです。初めてなのに、まるで何年も一緒に滑っているような感覚だったんだとか。
三浦さんも「合わせるんじゃなくて、合うんだ」と感じたそうです。これまでのペアでは「お互いに合わせる努力」が必要でしたが、三浦さんと木原さんは最初から自然に合っていた。
これって本当にすごいことですよね!
木原さんは「今まで投げたことのない高さが出た。アップができていない状態なのに」と驚きを隠せなかったそうです。
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グランドスラム達成からミラノ五輪金メダルまでの快進撃
「りくりゅう」ペアの快進撃は、本当に目覚ましいものでした!主な実績を振り返ってみましょう。
・2022年2月:北京五輪 個人7位(ペアで日本初の入賞)、団体戦銀メダル
・2022年12月:グランプリファイナル 優勝(ペアで日本初)
・2023年2月:四大陸選手権 優勝
・2023年3月:世界選手権 優勝(ペアで日本初)
・2023年:年間グランドスラム達成(五輪・世界選手権・GPファイナル
・四大陸選手権の主要4大会すべて制覇。日本フィギュア史上初)
・2024年3月:世界選手権 銀メダル
・2025年3月:世界選手権 優勝(2度目)
・2025年12月:グランプリファイナル 優勝(2度目)
・2026年2月:ミラノ・コルティナ五輪 金メダル(ペアで日本初)
北京五輪での7位入賞から始まり、2022-2023シーズンでは出場したすべての大会で優勝。年間グランドスラムは、羽生結弦さんも達成していない快挙なんです!
そして2026年2月のミラノ五輪では、ショートプログラムで5位と出遅れたものの、フリーで世界歴代最高得点の158.13点をマークして大逆転。見事に金メダルを獲得しました!
この逆転劇には、日本中が感動しましたよね。ショートプログラムでのミスに落ち込む2人でしたが、「五輪で諦めていいはずがない」と気持ちを切り替え、フリーでは完璧な演技を披露しました。
演技後、2人は抱き合って涙を流し、木原さんは「朝からずっと泣いていた。最高の舞台で最高の演技ができた」と語りました。長年の努力が報われた瞬間でしたね。
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なぜ三浦璃来とは相性抜群だったのか?
まずは素敵な二人の画像から(^^)仲良い

では、なぜ三浦璃来さんと木原龍一さんは、これほどまでに相性が良かったのでしょうか?
まず、物理的な相性があります。三浦さんの身長は146cm、木原さんは174cm。この身長差とバランスが、ペアの技を行う上で理想的だったんです。特にツイストリフトやスロージャンプといった投げ技では、タイミングとバランスが命。2人は初めて滑ったときから、このタイミングが完璧に合っていました。
次に、お互いの技術レベルです。三浦さんはもともとシングルの選手で、ジャンプやスピンの技術が高かった。木原さんもシングル出身で、ペアに転向してからは2度の五輪経験を経て、リフトやサポートの技術を磨いてきました。お互いが長所を持ち寄ることで、総合的に強いペアになれたんですね。
そして何より、精神的な相性が良かったようです。木原さんは過去のペアで「向いていない」と悩んだ経験から、三浦さんとは「無理に合わせなくていい」という感覚があったそうです。一方、三浦さんも木原さんの経験と落ち着いた性格を信頼していました。
インタビューでは、2人とも「言葉では言い表せない相性」と語っています。理屈じゃない、感覚的なもの。それが「りくりゅう」の強さの秘密なのかもしれません。
2人の関係は、単なるビジネスパートナーではなく、お互いを深く理解し合う信頼関係で結ばれているんですね。演技中の見つめ合う姿や、成功したときの笑顔を見ると、こちらまで嬉しくなってきます!
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歴代パートナーとの画像や当時の様子を振り返る
木原龍一さんの歴代パートナーとの写真や当時の様子を振り返ると、それぞれのペアで異なる表情を見せていたことがわかります。
【高橋成美さんとのペア時代】
2013年のネーベルホルン杯や2014年ソチ五輪での写真を見ると、2人とも若々しく、これからという期待に満ちた表情をしています。高橋さんのリードのもと、木原さんがペア競技を学んでいく様子が伝わってきますね。ソチ五輪の団体戦では、日本チームの一員として笑顔でハイタッチする姿が印象的でした。
【須崎海羽さんとのペア時代】
2018年平昌五輪での写真では、2人とも真剣な表情で演技に臨んでいます。須崎さんの小柄な体と木原さんの力強いリフトが特徴的でした。結果は厳しいものでしたが、2人が一生懸命に戦っている姿が心に残ります。
【三浦璃来さんとのペア時代】
2022年北京五輪から現在まで、2人の写真を見ると、とにかく笑顔が多いんです!演技後に抱き合って喜ぶ姿、表彰台で見つめ合う姿、練習中のリラックスした表情。どの写真からも、2人の信頼関係と楽しさが伝わってきます。
特にミラノ五輪で金メダルを獲得した直後の写真は、涙と笑顔が混ざった最高の表情でした。長年の努力が報われた瞬間の2人の顔は、見ているこちらも感動してしまいますよね。
歴代パートナーとの写真を比較すると、木原さんの成長の軌跡が見えてきます。最初は緊張した表情だったのが、経験を重ねるごとに自信に満ちた顔つきになっていく。そして三浦さんとのペアでは、心から楽しんでいる様子が伝わってきます。
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木原龍一の簡単プロフィール(年齢や経歴)
ここで、木原龍一さんの基本的なプロフィールをおさらいしておきましょう!
生年月日や年齢は?
木原龍一さんは、1992年8月22日生まれです。2026年2月のミラノ五輪時点で33歳でした。
出身地は愛知県東海市。地元の名和小学校、名和中学校を経て、中京大中京高校、中京大学を卒業しています。フィギュアスケートの名門・中京大学の出身なんですね。
身長は175cm(一部情報では174cm)。ペアの男性選手としては標準的な体格ですが、シングル時代から比べると、上半身の筋肉がかなりついて逞しくなったそうです。これはペアに転向してから、リフトやサポートの練習を重ねた結果ですね。
現在の所属は木下グループ。マネジメントはIMGが担当しています。練習拠点はカナダのオークビルと、大阪府高槻市の2拠点です。
ペア転向までの経歴とシングル時代
最初は男子シングルの選手として、名古屋の荻野正子コーチの指導のもとキャリアをスタートさせました。
【シングル時代の主な実績】
・2003年(小5):全日本ノービスB 優勝 ・2004年(小6):全日本ノービスA 3位
・2010-2011シーズン:ジュニアグランプリ ブラエオン・シュベルター杯 3位
・2010-2011シーズン:全日本ジュニア選手権 2位
・2011年:世界ジュニア選手権 10位
ジュニア時代には、全日本ジュニア選手権で2位になるなど、期待の若手として注目されていました。ただ、シニアに上がってからは、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)がなかなか決まらず、伸び悩んでいたそうです。
全日本選手権にも何度か出場しましたが、上位に食い込むことは難しく、「このままシングルを続けていても限界がある」と感じていた時期に、高橋成美さんからペア転向の誘いがあったんです。
2013年1月、国体を最後に男子シングルからペアに転向。当時20歳でした。ペアに転向してからは、それまで苦手だったトリプルアクセルが無理なく跳べるようになったそうです。シングルでは重圧に感じていたジャンプが、ペアでは「パートナーのため」と思うと跳べるようになったんだとか。
シングル時代の経験は、ペアでも活きています。特にスピンやステップの技術は、シングルで培ったものがそのまま使えますからね。木原さんのペアとしての強さは、シングル時代の基礎があってこそだと言えます。
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世間の反応やSNSの声
木原龍一さんの歴代パートナーや、ミラノ五輪での金メダル獲得について、SNSではたくさんの声が上がっています!
【りくりゅうペアへの応援の声】
・「りくりゅうの金メダル、感動で涙が止まらない!」
・「ショートプログラムのミスから逆転って、本当にすごい!」
・「2人の信頼関係が素晴らしい。見ているこちらも幸せになる」
・「木原選手の努力が報われて本当に良かった」
【高橋成美さんの号泣に対する声】
・「高橋成美さんが泣きながら喜んでいる姿に、もらい泣きした」
・「『ペアに誘ってくれてありがとう』という木原選手の言葉が感動的だった」
・「なるちゃんがいたから、今のりくりゅうがあるんだね」
・「過去のパートナーがこんなに喜んでくれるって素敵」
【木原選手の歴代パートナーについての声】
・「木原選手って3人のパートナーと組んでたんだ!知らなかった」
・「高橋成美さん、須崎海羽さんとの経験があったから今がある」
・「全部のペアで五輪出場してるのすごすぎる」
・「諦めずに続けてきた木原選手、本当にかっこいい」
木原さんは何度も壁にぶつかり、引退を考えたこともありました。それでも続けてきたからこそ、今の栄光があるんですよね。
また、「三浦璃来さんとの相性が本当に良さそう」「2人の笑顔を見ているだけで幸せになる」というコメントも多く、りくりゅうペアの人気の高さが伺えます。
「結婚してほしい」というキーワードで検索されているくらいです(^^)/
高橋成美さんの号泣エピソードについては、「人と人との縁って素晴らしい」「過去のパートナーも含めて、みんなで作り上げた金メダル」という温かいコメントが目立ちました。フィギュアファンだけでなく、普段スポーツを見ない人たちも感動したようです。
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まとめ:木原龍一の歴代パートナー遍歴が今の金メダルに繋がった!
木原龍一さんの歴代パートナーについて、たくさん調べてきました。最後に、わかったことをまとめてみますね!
【要点まとめ】
・木原龍一さんの歴代パートナーは全部で3人(高橋成美、須崎海羽、三浦璃来)
・1人目の高橋成美さんとは2013年から2015年までペアを組み、2014年ソチ五輪に出場(個人18位)。2015年世界選手権最下位を機に解散したが、関係は良好
・2人目の須崎海羽さんとは2015年から2019年までペアを組み、2018年平昌五輪に出場(個人21位)。木原さんは「ペアに向いていない」と悩み、引退も考えた時期
・3人目の三浦璃来さんとは2019年から現在までペアを組み、「りくりゅう」として大活躍。2023年に年間グランドスラム達成、2026年ミラノ五輪で金メダルを獲得
・三浦さんとの相性が抜群だった理由は、物理的なバランス、技術レベル、精神的な信頼関係の3つ
・高橋成美さんは木原さんの金メダル獲得時に号泣し、「ペアに誘ってくれてありがとう」という木原さんの言葉に多くの人が感動した
・木原さんは1992年8月22日生まれの33歳(2026年2月時点)。4歳からシングル選手として活動し、20歳でペアに転向
木原龍一さんの歩みを振り返ると、決して順風満帆ではなかったことがわかります。高橋成美さんとのペアでは世界選手権最下位、須崎海羽さんとのペアでも満足のいく結果が出せず、何度も「向いていないんじゃないか」と悩みました。
それでも諦めずに続けてきたこと、そして三浦璃来さんという最高のパートナーに出会えたこと。この2つが重なって、2026年ミラノ五輪での金メダルという最高の結果に繋がったんですね。
高橋さんが木原さんをペアに誘わなければ、今のりくりゅうペアは存在しなかったかもしれません。須崎さんとの4年間で培った経験がなければ、三浦さんとの相性の良さに気づけなかったかもしれません。すべての出会いと別れ、挑戦と挫折が、今の栄光に繋がっているんだと思います。
木原龍一さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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