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【辺見えみり】母子家庭で育った複雑な生い立ちや両親との関係は?


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辺見えみりさんといえば、父・西郷輝彦さんと母・辺見マリさんという芸能界のビッグカップルのもとに生まれた”サラブレッド”というイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。

しかし実際には、4歳で両親が離婚し母子家庭で育つという複雑な生い立ちを経験されています。

2026年6月3日・10日放送の日本テレビ系『上田と女がDEEPに吠える夜』にゲスト出演し、「シングルマザー」をテーマに自身の体験を語ることでも話題になっていますよね。

そこでこの記事では、辺見えみりさんの生い立ちや両親との関係、そして現在のシングルマザーとしての姿までを詳しくまとめました。

※この記事は2026年6月時点で確認できた公式SNS・信頼できるニュースサイトの情報をもとに作成しています。情報の正確性については各公式ソースもあわせてご確認ください。


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目次

辺見えみりは4歳で両親が離婚し母子家庭で育っていた

結論から言うと、

辺見えみりさんは4歳のときに両親が離婚し、母・辺見マリさんのもとで母子家庭として育っています。

えみりさんの父は、「星のフラメンコ」などの大ヒット曲で知られる俳優・歌手の西郷輝彦さん。

母は「経験」が大ヒットしたセクシー歌謡の歌姫・辺見マリさんです。

お二人は1972年に結婚し、翌1973年に長男・辺見鑑孝(のりたか)さん、1976年12月に長女・えみりさんが誕生しました。

しかし1981年、性格の不一致を理由に離婚。えみりさんが4歳のときのことです。

離婚後は母・マリさんが子供2人を引き取り、マリさんの両親(えみりさんの祖父母)と合わせて5人での生活がスタートしました。

マリさんは家族5人の生活を一手に引き受けることになり、クイズ番組のアシスタントをきっかけに芸能界へ復帰。やがてディナーショーや地方のステージ仕事など、懸命に働く日々を送ったとWikipediaや週刊女性の記事で伝えられています。

えみりさん自身も、VERYのインタビューで「幼い頃、母は仕事で大忙しでした。ディナーショーが入ると1カ月ぐらい帰ってこないときもあって、私は祖父母に育てられたような感じ」と振り返っています。

ただ、当時の寂しさよりも「働く母が誇らしかった」と語っているのが印象的です。

項目内容
名前辺見えみり(へんみ えみり)
生年月日1976年12月16日
西郷輝彦(歌手・俳優/2022年逝去)
辺見マリ(歌手・タレント)
辺見鑑孝(ミュージシャン)
両親の離婚1981年(えみりさん4歳時)
芸能界デビュー1993年 ドラマ『いちご白書』

父親を「西城秀樹」と勘違いしていた幼少期エピソード

辺見えみりさんの幼少期には、思わず笑ってしまうような有名エピソードがあります。

母・マリさんから父親について聞かされていたのは、「名前に”西”という字がつく、歌を歌っている人」ということだけ。

ところが当時、父・西郷輝彦さんは時代劇の仕事に力を入れていたため、テレビの歌番組にはあまり出ていませんでした。

そんなある日、テレビをつけると歌手として大人気だった西城秀樹さんが出演していたんだとか。えみりさんは「すっげぇ人気あるじゃん!」と、西城秀樹さんを父親だと思い込んでしまったそうです。

それを母・マリさんに伝えたところ、「は? お父さんは時代劇に出ている人よ」と返され、チャンネルを変えるとカツラ姿で時代劇に出ている西郷さんが映り、「あ、こっち?……そうか」と思ったと、2018年放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で語っていました。

4歳で離れた父の記憶がほとんどないからこそ生まれた、ちょっと切なくもあり微笑ましいエピソードですよね。


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母・辺見マリの”洗脳騒動”5億円被害とえみりへの影響

辺見えみりさんの生い立ちの”複雑さ”を語るうえで避けて通れないのが、母・辺見マリさんの洗脳騒動です。

Wikipediaや日本テレビ『ザ!世界仰天ニュース』などの情報によると、マリさんは離婚後の芸能界復帰から数年が経った38歳頃(1988年頃)、当時のマネージャーの紹介で「神様と話せる」という”拝み屋”の女性と出会いました。

仕事への不安や焦りを抱えていた時期だったこともあり、次第に拝み屋にのめり込んでいったといいます。

最初は1回5,000円〜1万円程度の謝礼だったものが、「家族に不幸が起こる」「厄払いが必要」などと理由をつけられ、金額はどんどん膨らんでいきました。

マリさん自身が2015年放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)で語ったところによれば、貯金を使い果たし、生命保険を解約し、宝石を売り、自宅まで売却。さらにはえみりさんが15歳で芸能界デビューした際の契約金まで渡してしまったそうです。

約13年間で失った総額はおよそ5億円にのぼるとされています。

この間、えみりさんたち家族や友人はマリさんに何度も「やめてほしい」と説得したものの、聞き入れてもらえなかったとのこと。一時は母娘が絶縁状態にまでなっていたそうです。

母子家庭で懸命に働く母が、さらに過酷な状況に陥っていた——。えみりさんにとって、この時期の経験は非常に大きなものだったのではないでしょうか。

なお、マリさんはその後洗脳が解け、えみりさんとの関係も修復されています。現在は親子の仲も良好で、一緒にYouTubeに出演するなど温かい関係を築いていることが公式SNSなどからもうかがえます。


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思春期に父・西郷輝彦に抱いた「一生許さない」という感情

辺見えみりさんと父・西郷輝彦さんの関係も、長い間複雑なものでした。

女性自身の報道によると、西郷さんは1990年に19歳年下の女性と再婚し、新しい家庭で3人の娘さんを授かりました。

シングルマザーとして奮闘する母の姿をそばで見ていたえみりさんにとって、新しい家族と暮らす父の存在は複雑だったようです。

マリさんが西郷さんへの愚痴をこぼすたびに、「なぜ、私たちを置いて出ていってしまったのか」と怒りを募らせ、えみりさんは「一生許さない」という強い反発心を抱いていたといいます。

実際、40代になるまで西郷さんとは”共演NG”の状態が続いていたことが報じられています。2018年放送の『ダウンタウンなう』でも、えみりさんは「イヤだったから、共演してこなかった」と笑いながら認めていました。

芸能一家に生まれたからこその葛藤。テレビの華やかな世界の裏にある親子のすれ違いは、想像以上に深かったようです。


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大人になって氷解した父への想いと「最初で最後の親子共演」

「一生許さない」とまで思っていた父への感情が、えみりさんの中で少しずつ変化していったのは20代半ばの頃からだったそうです。

女性自身の取材によれば、年を重ねるにつれて両親の性格や立場がよく見えるようになり、一方的に「お父さんが悪い」と決めつけていた自分に気づいたとのこと。それ以降、西郷さんとも連絡を取るようになったといいます。

2011年、えみりさんが松田賢二さんとの再婚に向けて挙式を控えていた時期に、西郷さんの前立腺がんが発覚。結婚式に父が参列できなかったことを、えみりさんはブログで残念がっていたそうです。

2013年6月には長女が誕生し、西郷さんにとって初めての孫に。えみりさんはインタビューで「父は『はー、ここにいるんだなぁ』なんて言いながらお腹を触ってくるんです」と嬉しそうに話しています。

そして2018年6月、フジテレビ系『ダウンタウンなう』で念願の父娘初共演が実現しました。

えみりさんは番組内で「私も41歳になったので、『なんかもういいじゃん』と。お互い、思い出のために、せっかく同じ仕事してるんだったら楽しい仕事ができたら」と共演の理由を語りました。

また同じ番組では、最近えみりさんの呼びかけで、西郷さん・マリさんと「3人で会うこともある」と明かし、バラバラだった家族が再びつながっている様子もうかがえました。

しかし結果的に、この『ダウンタウンなう』が最初で最後のテレビ共演となりました。

2022年2月20日、西郷輝彦さんは前立腺がんのため75歳で逝去。えみりさんは亡くなる前日に兄とともに病床を訪れ、最後の対面を果たしています。

西郷さんは言葉を交わすことはできない状態だったものの、えみりさんと兄の言葉に対して大きく頷いたり、手で小さく拍手をしたりしてくれたそうです。最後の力を振り絞ってのコミュニケーションだったのでしょう。

インスタグラムには幼少期の肩車写真とともに、こう綴られていました。

「この人の血を受け継ぐことができて、そして子供に生まれてきて本当によかったと、心から感謝しました」

かつて「一生許さない」と思っていた父への想いが、感謝に変わる——。この言葉に胸が熱くなった方も多いのではないでしょうか。


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現在はシングルマザーとして娘と二人三脚の生活

辺見えみりさん自身も、2度の離婚を経験しています。

お相手結婚離婚
1度目木村祐一(お笑いタレント)2006年1月2008年4月
2度目松田賢二(俳優)2011年3月2018年2月

現在は2013年生まれの長女をひとりで育てるシングルマザーです。2026年3月には娘さんが小学校を卒業したことをインスタグラムで報告しており、この春から中学生になっています。

VERYのインタビュー(2023年掲載)では、離婚後のことについて次のように語っています。

「まだ幼い娘に、パパとママが離婚をすることでお友達のお家とは違う状況が増えてくること、それでもあなたのパパとママであることはずっと変わらないこと。曖昧にしたり、大人になってから話せばいいとは考えませんでした」

自らも母子家庭で育ち、母から多くのことを”手紙”という形で伝えてもらった経験があるえみりさん。だからこそ、娘にもきちんと向き合って伝えるという姿勢を大切にしているようです。

子育てで大切にしていることとして「想像力の豊かさ」と「”なんとかなるさ”の精神」の2つを挙げており、娘さんが落ち込んでいるときは「大丈夫、大丈夫!」と声をかけながら肩や背中をポンポンとたたくのがお決まりだそう。

また、えみりさんはスキンケアブランド「mizuka」の代表取締役社長やYouTubeチャンネル「辺見えみり emitube」の配信など多方面で活躍中。仕事と子育てを両立しながら、充実した日々を送っているようです。

母・マリさんとの関係も良好で、三世代でひな祭りのお祝いをしたり、母の日にお互いに手紙を交わし合ったりと、温かい親子の形が公式インスタグラムでも度々紹介されています。えみりさんは「母の日に、自分も母に感謝して、自分の娘にも、ありがとうとお手紙とハグをもらう。こんな幸せなことはない」とインスタで綴っていました。


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『上田と女がDEEPに吠える夜』で語る”母と娘の関係”に注目

そんな辺見えみりさんが、2026年6月3日(火)深夜放送の日本テレビ系『上田と女がDEEPに吠える夜』にゲスト出演します。テーマは「シングルマザー」です。

番組公式サイトによれば、えみりさんは「自身も母子世帯で育った辺見えみりが思う”母と娘の関係”」について語る予定とのこと。

共演者にはフィギュアスケートの安藤美姫さん、元フジテレビアナウンサーの大島由香里さん、女優の雛形あきこさん、超特急のユーキさん、そしてMCの上田晋也さんといとうあさこさんが名を連ねています。

えみりさん自身もインスタグラムで「久しぶりにテレビ。テレビやっぱり大好き」と嬉しそうにコメントしており、ファンの間でも放送を楽しみにする声が上がっています。

母子家庭で育った経験、そして自身もシングルマザーとして奮闘している現在。えみりさんならではの”リアルな言葉”が聞けるのではないでしょうか。


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世間の反応

辺見えみりさんの生い立ちについては、SNSやネット上でもさまざまな声が見られます。

「芸能一家に生まれながら、こんなに苦労していたとは知らなかった」という驚きの声は多いようです。

また、「お母さんの洗脳騒動があった上での母子家庭は壮絶すぎる」「5億円って金額がすごい…それでも親子関係を修復したのがすごい」といった声も上がっているようです。

父・西郷輝彦さんとの関係については、「”一生許さない”から”生まれてきてよかった”への変化に泣いた」「最初で最後の共演が実現して本当によかった」など、感動したという反応が多く見られます。

さらに、「自分も母子家庭で育ったので共感する部分が多い」「シングルマザーとして娘にきちんと向き合っている姿に勇気をもらえる」という共感の声も寄せられているようです。

華やかな芸能一家のイメージとのギャップに驚きつつも、その経験を乗り越えてきたえみりさんの姿勢に、多くの人が心を動かされている印象です。


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まとめ

辺見えみりさんの生い立ちは、華やかな芸能一家の裏にある壮絶なストーリーでした。

・4歳で両親が離婚し、母・辺見マリさんのもとで母子家庭として育った

・母は離婚後に”拝み屋”の洗脳被害に遭い、約13年間で5億円を失う壮絶な経験をしていた

・父・西郷輝彦さんには思春期に「一生許さない」と反発していたが、大人になって和解

・2018年に父娘初のテレビ共演が実現し、これが最初で最後の共演となった

・2022年の父の逝去に際し、「この人の血を受け継ぐことができて本当によかった」と感謝を綴った

・現在はシングルマザーとして娘と向き合い、母・マリさんとの三世代の絆も温かい

自身の複雑な生い立ちを経験したからこそ、娘には「曖昧にせず、きちんと伝える」という姿勢を貫いているえみりさん。その強さと優しさは、同じ境遇の方にとっても大きな励みになるのではないでしょうか。

6月3日・10日放送の『上田と女がDEEPに吠える夜』で、えみりさんがどんな”母と娘の関係”を語るのか、ぜひ注目してみてください。


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